9月30日 水曜日 くもり後小雨

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春は“桜”秋は“紅葉”と謂われるように、

秋の野山を燃えるような紅色に染める紅葉前線は

もうそこの長尾山の切畑あたりまで急ぎ足で駆けおりてゆくようです。

 

初春に挿し木した早生の小菊は

小さな薄紫の花を一輪だけひらいてくれている。

 

13号から20号にかけて列島を走り

大きな水害を残した台風は、忘れられない爪痕を残し

去って行った。

 

また暑かった気温は、急に低下して、

高齢者にはしの段差を凌ぐ体力の減少で

多くの人達を悩ませる。

 

だから病院の受診者に風邪ひきが多いらしいと

言いながら私も同じように体調を崩して一週間

寝たり、起きたり、気力を失って

たたり目、弱り目、腰やら足に力が入らんです。

 

強がりを言っても米寿を過ぎると

体力の低下は必然的なものです。

常に無理なことはしないこと。

 

こんな悩んでいるときに、娘やら孫娘から

優しく声をかけてくれるのは一番の良薬ですね。

どなたさまも気を付けて、

元気を出してください。

7月14日 火曜日 暑くて雲ひとつない

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庭の百日紅は毎年春になると新しい芽を出してくれる。

その茎は小指ほどの太さながら小さい棘をいっぱい付け

触ると痛い。

 

茎はほぼ30センチの間隔で、

ハート型の柔らかくてサラッとした葉をたくさん付けている。

 

ハート型の葉はダンゴを包むときに

田舎の主婦連中はよく使って美しく仕上げている。

 

百日紅の上部あたりには丸い形の実を付け、

秋には赤く熟れ

山に生息する動物が食べるという。

 

百日紅の名前は全く知りませんでしたが

約20年前に三田市内にある

三田富士という名高い山へ登山したとき

山頂にハート型の葉と茎に棘がある植物を見まして

同行していた地元の老人に尋ね

初めてその植物がサルスベリという名前であることを知りました。

 

田舎育ちの私でも知らなかったので尋ねて良かったです。

「聞くのはひとときの恥 聞かぬは一生の恥」

と、先人は教えてくれています。

 

学ぶことは良いことを知りました。

7月13日 月曜日 晴れ、暑い

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庭は紅葉やつつじのきに囲われている。

生い茂った松の下は湿り気があって一面に苔が敷き詰め、

見栄えはなかなかよろしい。

 

そんなところに梅雨でうっとうしいのに、

近くの方では鷺のきれいな鳴き声を耳にする。

庭にはどこから飛んできたのかつがいのメジロが4羽きていた。

 

小枝から枝に飛廻って

常に餌を求めてか動き廻り、

静かに止まっている姿を見せない。

見ていると忙しいこと限りない。

 

暫くするとメジロは

次から次へと横手の柿の木に移ってしまい

枝を飛び回っていましたが鷺の声のする方へ飛び去った。

 

私の若い頃に、メジロのつがいを鳥籠に入れて飼っていました。

その当時は保護鳥としての誓約が無かったのです。

 

メジロの世話は大変なもので

毎日朝夕とも食べ物や水は充分に補給するという約束事でした。

 

私が大切に飼っていたメジロは

私の子どもの入院で3、4日世話が出来なくなりまして

そのため、メジロは餌と水不足が原因で

二倍くらい羽を広げて亡くなりました。

 

その後は飼育に後悔して鳥類は飼育していません。

7月9日 木曜日 小雨の後、晴れ

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若い30才頃から紅紫檀の植木が好きで、

鉢植えしたもの50個ほどをそれぞれ剪定して

鳥居形、舟形など意のまま育て楽しんでいましたが

その頃の仕事は、期日までに処理する必要があり

休日返上や帰宅が遅く

植木の手入れが出来ず全部枯らしてしまいました。

 

私の責任です。

素直にごめんなさいと謝りました。

 

それでも一鉢の紅紫檀の植木は生き残ってくれ

今年も奇麗に葉も実も付けています。

 

この紅紫檀は、春は葉を出し三月ころ白い花が咲き

そのあと丸い実が成り、冬に青葉が落ちても丸い実は赤色となって冬でも残ったまま

厳冬に負けないで励ましてくれる植木です。

 

しかし、鉢植えの失敗した教訓を生かして自然の土を利用することの方が賢明と考えた末

20年程前、百日紅(さるすべり)を表門の横に中柄なものを植えました。

 

この木は、木を被う皮は無くずんべらぼうという特徴があります。

猿が木を登るのに滑ってしまうので

こんな名前で呼ぶようになったのだろうと思います。

 

毎年冬の頃、

雑な枝は殆ど切り捨て、新しい芽が出るように手入れをしています。

いつもの年は、8月下旬頃から桃色の花を咲かせ

9月10月11月まで続き、百日間の長い月日を楽しませてくれますが

 

今年は7月初旬から花を咲かせています。

気象の変化によるものと考えます。

 

どなた様でも百日紅を見物に来て頂ければ嬉しいです。

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7月7日 火曜日 昨夕から雨降り続く、今日は七夕祭

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蒲(がま) 水ぎわにはえる。

葉の長い草で夏になると

茎の先にろうそくの形で黄茶色の穂をつける。

 

この蒲は、家の前の「うさぎ池」に生えている。

昔は北側の雑木林に、松などが生えて山の背は低く、

通称うさぎ山と呼んでいた。

この山裾の下に私は家を建て住む。

 

直ぐ南側は七百坪ほどの農業用の溜池があり「うさぎ池」と呼び

鯉、鮒や食用蛙がいた。

春先は産卵で岸辺を叩き泳いで騒がしかったが

人通りはなく清閑な雰囲気を醸し出していた。

 

でも、あれから時は流れ 地面に苔が生えるような具合に過ぎ去り

近くの地下を中国道が走り、

また「うさぎ山」も住宅地に変貌しました。

 

しかし「うさぎ池」の周辺は昔のままで畦道はそのままあって

通る人は、近所の人、学生さん位なもので

車には縁がなく静かな環境です。

 

「うさぎ池」は水が消えて空池となりましたが

その替り毎年5月頃は

黄色の花を咲かせる花菖蒲が池の全面に花をみせてくれて奇麗で、

一見する価値はあると思います。

 

6月7月の今ごろは、蒲が芽を大きくして黄茶色の穂を出して

今が見頃でしょう。

 

その数は三百本ほどあるようです。

蒲の自生は少なくなって市内でも少しだとか。

 

趣が固定することもあって、若者には不向きでしょうが

高齢の方、生け花の先生などに見物して欲しいと思います。

 

お越しの際は池田に声を掛けてください。

7月4日 土曜日 くもり

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いつもの通り眼医者へ行くのに

車で来てもらった。

 

口でこそ言ったら、ちょっとしたことです。

しかめしく言うとその時間は

10分ほどですが

朝の8時半といえば家庭の主婦であり

小学生と幼稚園3人の子供を抱えている身であれば

一番忙しい時でありながら

けいさんはいつも愛想よく

気軽に私にしてくれる。

 

孫娘とはいいながら何事に掛けても良くしてくれる。

仕草は柔らかく優しい。

 

これまでも遠方の私の田舎へ墓参りに行くときも、

病院に行くのにも何回も連れて行ってくれました。

年寄りになると転んで怪我をする

何処でも使えるし便利だと言って

杖を買って持たせてくれた、携帯電話を買ってくれた。

など気持ちは親切で思いやりがあって、心は奇麗です。

 

いろいろ考えてみましたが、

幼いころから何もしていないのに

老人を想う気持ちは本当に有難いことです。

 

恩返しは何も出来ませんが、皆の達者を祈るだけです。

 

7月1日 水曜日 雨のち晴れ

 

どなた様でも年の半分が終わる6月の末は

幸せが穏やかに幕をおろしてくれることを祈り

次の新しい月は、良いことを授かったり

希望がふくらむことを願うものでしょう。

 

私はいつも月初めの日には、玄関や井戸に塩とお米をお供えして

家の無難と幸せがあることを、誠意をもって祈っています。

 

それなのに、他人事といいながら

走行中の新幹線の1号列車内で71才の男が

自分で持って来ていた油を頭から被り、ライターで火を付け焼死した。

その火災のため乗り合わせていた52才の婦人は火煙を吸い

呼吸困難に陥りお亡くなりになった。

また他の乗客数十名の方が火災のため

重軽傷を負われたというニュースをテレビで知りました。

 

窓は締まり逃げ場のない列車の中でガソリンに火を付けて自殺を図るとは

どんな訳があったのか知る由もありませんが

他人に迷惑を掛けることを判っていながら

無茶なことをした男を許す気にはなれません。

 

全く関係のない人から大きなとばっちりで火を防ぐ術もなく

亡くなられた婦人は、年の半分を無事に過ごせたことのお礼のため

遠い所にある伊勢神宮に参拝される途中であったことも知りました。

そんな心清くて優しい方が突然の災難を受けられたことは

大変に残念で悲しいことです。

そのような優しい気持ちを持って伊勢神宮にお礼参りに行くような

心の綺麗な方を私は知りませんし、周囲で耳にしたことはありません。

心の尊い方と思います。

 

今度の事故発生で、日本鉄道などは窓の開閉とか手荷物検査に

警鐘が鳴らされたのではないかと思います。

 

年寄りの独り言ですが、

どうでしょうかね…

6月27日 土曜日 薄ぐもりの空 小雨はないらしい。

 

昨夕 「明日は富久田さんの新築の家でお披露目があり

招待を受けているので一緒に見せて貰ったら」

と綾さんから尋ねられた。

 

とっさのことや、何となく年寄りが見ても仕方がないやろうと考え

行かないと返事をしたものの

「新しい家の様子を見ればそれなりの感覚が湧くので良いこと」と判断し

考えを変え、やっぱり見せて貰うと言っておいた。

 

富久田の主人と娘は小学校の同級生。

幼いころは家に遊びに来ていたとか、また、新築の家は二階建て。

上下とも賃貸住宅で希望者に貸すし、敷地の車置き場は四台分あり

利用者を募集するとか。

 

今日の朝10時過ぎ、綾さんは近くの老人会の会長さんや

小学生当時の同級生の母親の枚田さんに電話して

一人でも多くの方が富久田さんの新築お披露目に

来てもらうように話し込んでいましたが

「年寄りにはあまり縁がないので」と出向いて来る様子はなかった。

 

それでも富久田さんの新築の家に行くとご近所の主婦3人ほどが見学に来ていました。

私は近所に住む本持という婦人を呼び出して、事情を話し

その方と一緒に階下の玄関から中に入り、

居間3か所、台所、風呂場などを詳しく見せて頂きました。

 

部屋まわりは格好よく、感じのよい印象を受けました。

本持さんは、若かったら借りて住みたいねと

良い家づくりになっていると語っていました。

 

また富久田さんの家の近くに住むという老婦人に

家の中を見て欲しいと声を掛けましたが

この老婦もまた新しい家屋には感心がうすいらしく

物事には段差があることを悟りました。

6月26日 金曜日 梅雨らしい雨 夕方遅くまで。明日は晴れらしい。

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今日は亡父の月命日だ。

いつものように朝晩とも、仏壇の位牌を拝む。

 

親父のやってきたことは、

もうすべて許して流していますので語ることはない。

私にとっては何かと良くして尽くしてくれた父だった。

 

戦後の暮らしのきびしいとき、四人家族が住む所がなくなって困って仕舞

なんとなく、考えていることを相談すると

よい返事があった。

 

土地と、建築材料の代金だけ用意しろ。

他のことはいらんけん。

と、親父らしい棟梁らしい答えが返り

早速宅地を手に入れたが

何分、地方公務員という身分で貯えは少しだけだった。

親父は手早く間取りを決め、弟子三人ほどを連れ建築に取り掛かり

家を完成してくれた。

 

親父は私の家を建ててくれると直ぐ田舎に帰ったが

半年後にはむつかしい病に罹り、黄泉の国へ旅立ってしまった。

 

棟梁として、私の家を建ててくれたのが最後の仕事だった。

 

せめて恩返しに、宝塚の温泉旅館にでも招待すればよかったのにと

思ったのは後の祭り。

本当に申し訳ないことをしました。

 

吾ながら、馬鹿息子と罵倒されても、

頭を下げるしかありません。

誰でも、若いときや手元がらくなとき、

遣り繰りできる時は

父や母に楽しんでもらうことをして、恩返ししなくちゃいけんと

考える者になりました。

6月22日 日曜日 雲行きは荒いようだ

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隣保は違うんですが、

近所の窪さんは

ご主人の達者なむかしを

知っています。

 

でも奥さんとは、根ほり葉ほり深い話をしたことはありません。

今日は昼前に、偶然道端で出会う。

 

「ちょっと前より元気そうなのでよろしいですね」と

私を持ち上げるような声を掛けてくれました。

褒められりゃあ嬉しいもんです。

その日の夕方、再度、窪さんと出会う。

今度は私が遠慮なく尋ねました。

 

「老人会に来て、三味線を弾いたり唄も聞かせて貰えんでしょうか。

皆が喜びますので何とかよろしく」と尋ねると

窪さんは私の言う意味をよく理解してくれましたが

「三味の指導やら、歌合せの会合は毎日決まっていまして手一杯。

余裕がないのです。主人が亡くなって4年ですし、私も見た目以上に歳をとって。

昭和7年生まれなのよ。無理がきかないんです。」と

笑い顔して返事が返ってきた。

 

窪さんは、上下とも黒地の服装ながら、見栄えが良くさっぱりとして

感じがよろしい。

年寄りらしい雰囲気はありません。

 

高齢の者は常に背筋を伸ばし、腹を締め、胸を張るようにして

姿勢を正しくしなければ駄目だ、と悟りました。

 

窪さんの姿勢や後姿を見ると、

梅雨時のうっとうしいのは晴れるんじゃないでしょうか。